しまいには退屈しきって僕たちは、なんだかたき火ばかりしていた
いっくんが学校に来なくなった理由はよくわからなかった。
野球部ではエースだったし、切れ長の目をしたちょっと悪そうな容姿で女の子にモテた。喧嘩っ早くて、強くて、だけどいつも面白いイタズラを考えるから、周囲には笑いが絶えない。
ちょっとガラの悪いいっくんを中心としたグループを憧れながら、すこし怖がりながら、遠巻きにみていた。
いっくんちに行こうぜと誘われたのは、彼が学校に来なくなってからしばらく経ってからだった。
誘ったのは野球部でいっくんとよくつるんでいたまーちゃんという友達だ。
学年一のイケメンで、愛嬌もあったので同級生だけでなく先生や親からも好かれていた。
僕とはまったくタイプの違う彼となぜ仲良くなったのか、いまだによく分からないが、家が近所だったということが大きな要因なのは間違いない。
あとは僕がまーちゃんの誘いを決して断らなかったからだろうか。
いっくんの家は農家で、庭はバスケができるくらい広かった。
母屋は古い日本家屋だった。
不安げに玄関で待っていたいっくんのおばさんに連れられて、玄関の真ん前にある階段を登ると、いきなり真新しい洋室が並ぶ廊下が現れる。
部屋の前まで案内すると、おばさんはそそくさとその場を離れた。
おばさんが下に階に降りた後でドアが開いて、いっくんが顔をだし、くしゃっと笑った。
まーちゃんは勝手知ったる様子でずんずん部屋の中に入っていく。おっかなびっくり後に続く。
真新しい部屋の壁に、なぜかこぶし大の穴が空いて、それがドラマじみた荒れた家の演出に思えた。
部屋の真ん中、床の上に一台デスクトップのパソコンが置いてあって、他にはなにもなかった。空っぽだった。
いっくんとまーちゃんはパソコンの前にドカッっと腰掛けた。僕は2人の後ろから肩越しに画面を覗き込んだ。
WinMXというP2Pソフトが立ち上がっていたのだけれど、そのとき僕はそれがなんなのかよく分かっていなかった。
ただ、いかがわしい名前のついたファイルが、次々ダウンロードされていることは察しがついた。
すごいだろ?とまーちゃんが笑った。めちゃくちゃ回線が早いんだよね。
お前、こんなのみちゃって大丈夫?といっくんも笑った。
それから数時間、思春期の好奇心と残酷さを総動員して集めた珠玉のエログロ動画を延々見せつけられる。
いっくんはスプラッタや真偽不明のスナッフムービーが大好きで、一番残酷なところでいきなり音量を上げて僕らを驚かせては、わざとらしくえずいたフリをして爆笑した。
見せられた動画のほとんどにはっきりと嫌悪感を持った。
帰り道、もう子供には戻れないのだという謎の感傷が押し寄せてきて、まーちゃんについていってたこと、罪深い動画をみてしまったことを後悔した。
それでも、またまーちゃんに誘われるたび、いっくんの部屋についていくのだった。
喜んだのはいっくんのおばさんで、不登校になった息子を心配した友達が連日様子を見にきてくれる、と僕たちの担任に報告した。
担任は深く感銘をうけたらしく、いつでもあいつのところへ行ってやれ、そして学校に連れ出してきてくれ、と肩を叩いた。
そんなわけで僕たちは、堂々と学校をサボっていっくん家に遊びに行けることになった。
不登校ではあったが、いっくんはべつに部屋から出られないわけではなかった。
むしろ数日間家に帰らないこともあった。なにがあったのか聞くと、隣町の女子高生と仲良くなって部屋に泊めてもらっていたという。
セックスもしたよ、こともなげに言った。
僕は、中学生が本当にセックスなどできるのか、そもそも女子高生とはいえ女の子の家に泊まることなんてできるだろうかと訝しんだ。まーちゃんは、俺が学年で最初に童貞を捨てるつもりだったのに、と悔しがった。
(その後、学年でおそらく2番目に童貞を捨てた)
隣町の女子高生はエロいという情報から、まーちゃんがやたらと隣町に行きたがるようになった。それでいっくんのお婆さんのスーパーカブをこっそり拝借して3人乗りで田んぼ道を走って隣町を目指した。
女の子達とはちょっと話しただけでそんなに仲良くなれなかった。そんなことよりもバイク3人乗りの方が楽しいことに気がついて、しばらく土手をバイクで駆け下りたりチキンレースやアクロバットな乗り方を開発したりした。
2人はいつも必死で退屈と戦っているみたいに、次々に新しいイタズラを思いつく。
僕はゲラゲラ笑いながらただそれについていった。
チキンレースの果てに、ついにスーパーカブが大破してこっぴどく叱られ、カブの鍵は封印されることになった。
その頃には大量にダウンロードしたはずの動画はいつの間にかほとんどみ尽くしていた。
それで今度はTUTAYAから大量に映画やドラマのDVDを借りてきた。
1番のお気に入りは『池袋ウエストゲートパーク』で、窪塚洋介が僕たちのヒーローだった。
画面の中の東京ではいかつくて愉快で最高にカッコいい不良達が走り回っていてた。
DVDを観終えてしまうと、いっくんの家の納屋にあった『smart』とか『Boon』とか『Ollie』みたいな大量のファッション雑誌を部屋に運び込んで、まったく買うあてのない洋服の情報を仕入れたり、コラムやレビュー、ストリートスナップの背景にある東京に思いを馳せた。
東京へ行こう、と誰ともなく口にするようになった。
しかも、ただ行くのではない。
髪の毛を染めて、海でナンパをする。そこでゲットした女の子たちと渋谷の109で買い物し、それから池袋ウエストゲートパークにいく。
いっくんもまーちゃんも久々に興奮していた。
僕も熱に浮かされたように東京のことばかり考えていた。
夏休みに入ってすぐ、少しパーマがかった猫っこ毛が茶色くなって、『smart』のスナップに登場してもおかしくないんじゃというほど垢抜けたまーちゃん、赤っぽく脱色してますます危険な色気を漂わせているいっくん、そして、染め方がわからず髪の毛に絵の具を塗ったくった僕が地元の駅に集合した。
カピカピになった僕の髪をみたまーちゃんはそんなんでナンパができるわけないだろうと激怒し、いっくんはそれをみて爆笑していた。
結局、駅のトイレで頭を洗った。
ナンパをする予定の湘南に着いてすぐ、場違いだということに気がついた。
学年で何番目とか、学校で有名とか関係なく、僕たちは童貞か、ほぼ童貞の中学生でしかなかった。
僕といっくんは早々に水着の女の子達を眺めるのをやめ、中学生らしく普通に海で遊び始めた。
まーちゃんだけが女の子に声をかけようと粘っていたが、やがて諦めて、渋谷に行こうと言った。
109はなんとなく渋谷っぽい、都会っぽいという理由で目的地のひとつにセレクトされた。
中に入るまで3人ともそこが女性向けのビルだということを知らなかった。
エスカレーターで最上階まで上がって、その事実を確認するとすぐその場所を後にした。
砂浜を走り回った砂だらけの足は棒のようだったが、夏休みの渋谷は、ヘトヘトになっても座る場所すらみつからなかった。
それでも、僕たちには最大の目的である池袋ウエストゲートパークがあった。
危険地帯に向かう緊張感と、人生を変えてしまうような出会いへの期待で、山手線ではみんな口数が少なくなった。
池袋西口公園に、不良はいなかった。
そこではおじいさん達がブルーシートを敷いて酒を飲んでいた。
仕方なく町を歩いて、小遣いではとても買えないような高い服を眺めた。
行き交う人はまるで僕たちに無関心で、事件も出会いも起こりそうになかった。
夏休みが明けるとクラスメートはいっくんが家族に暴力を振っていると噂をするようになっていた。
いっくんのおばさんが、誰かの母親にそう話したのだという。
僕はそんなはずないと否定したが、たまにみせる嗜虐的な表情をみんなが覚えていたからか、妙に信憑性を持って語られていた。
そんな噂も、進学の話題でいつの間にか聞こえなくなった。
まーちゃんは頭が良かったのでほとんどの高校に進学できる成績だったが、金銭的な事情で落ちる可能性のある難関高校は受験できなかった。
それで、可愛い女の子が多いという高校の情報を独自ルートで収集し、最も表が多かった高校に行くと宣言した。
うちは裕福ではなかったが、親がどんな高校を受験してもいいといってくれた。
自分の成績でも問題ない高校を上から3つ選んだあとで、なんとも情けない気持ちになったのを覚えている。
受験が近づいたので、いっくんの家に行くのは控えるように言われた。
すると退屈したのか、受験を意識したのか、いっくんも学校に顔を出そうかと迷う素振りをみせるようになった。
それである日、僕とまーちゃんが迎えに行って、3人で学校へ向かった。
校門に近づくと、突然クラスメート達が総出で駆け寄ってきて、いっくんを取り囲んだ。
友情ドラマじみたシチュエーションに高揚して誰もが熱っぽくお帰りと声をかけた。
いっくんはずっと黙っていた。
ただ、激しく怒っているのが分かった。
次第にみんな魔法が解けたみたいに口を閉ざし、後ろでみていた教師が解散を宣言すると、そそくさと教室に帰っていった。
僕は罠にかけるつもりじゃなかったというような言い訳をした。
本当は、教師がなにか企んでいることに感づいてはいた。
まーちゃんは黙っていた。
いっくんはちょっと笑ってから、帰るねといった。
しばらくして、いっくんは特別学級に通うようになった。
学校で会っても話すことはなかった。
それから僕たちは、夜な夜な家を抜け出して集まるようになった。
ゲームもパソコンも遊び倒したし、漫画も雑誌も全て読んでしまったので、だだっぴろいいっくんの家の庭にあったドラム缶に火をくべて、それを眺めながらポツポツ話をした。
なにを話したのかよく覚えていない。
ただ、僕たちは朝までたき火が消えないようにそこら中にあるものをドラム缶に放り込んで、燃やし続けた。