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恋をする。一人称を変えてみる。成長痛でねれない夜に。

「僕」「俺」「私」という三つの一人称を使い分けている。
一番使い古しているのは「僕」で、小学校の5年生くらいまで「僕」を使っていた。

田舎だったから(?)なのか、周りの友人達はみんな「おれ」(アクセントが頭にくる、どちらかというと「おら」に近い発音)を使っていたので、自分が少々おぼっちゃんぽいということは自覚していたのだが、なんとなく「おれ」を使うと母親が悲しむような気がして「僕」で通した。

一人称を矯正された記憶はない。

今考えるとたぶん、テレビをあまり見せてもらえない家だったことが影響しているのではないかと思う。

他の子達はみんなバラエティ番組やドラマの影響で「俺」を使っていたのだろう。

なぜ、アクセントが頭に来るのかは謎だ。ぼくの周りだけなのだろうか。

女子の目が気になる年頃になるとみんな自然に「俺」(一般的な発音)にスライドした。時を同じくしてぼくは初めてつき合いたいと思う女の子ができて、一人称を「俺」にすることにした。

自分のことを「ぼく」なんて呼ぶやつは女の子と付き合えないだろうと浅はかな算段で、それまでのアイデンティティをあっさり捨てた。

しばらくは演じている感が拭えなかった。その娘の前で「俺」と言う度に笑われるんじゃないかとヒヤヒヤした。

当時、はやみねかおるの『名探偵夢水清志郎事件ノート』という子供向け推理小説のシリーズが大好きで、その中に出てくるレーチというキャラクターが

 

現実社会ではぼくはじぶんのことを「おれ」とよんでいるけど、思考の中では「ぼく」−−−−まだ自身のない成長過程のガキだ。じっさいに自分のことを思考の中で「おれ」とよべるようになったとき、ぼくはきっと、一人前になったようなきがするんだろう。

 

ということを言っていて、ああ自分だけではなかったのだとホッとして、いつか新しい一人称を使いこなすのだと誓ったのだった。

現実社会と思考の人称がピタッと合う日は(少なくとも30歳になる現在までは)きていない。むしろますます混迷を極めている。

お父さん→親父というスライドは成功したけど、お袋とは呼べず、いまだに女の子と話す時は笑われるんじゃないかとヒヤヒヤしている。